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「先生,たっ,たっ,大変ですよ!」 「朝から騒々しい奴だな。どうした望月。」 「先生,大変なんです。聞いて驚かないでくださいよ。」 「おまえの話の展開にはもう慣れてる。今更驚きゃしないよ。」 「いや,今度はさすがの先生も絶対驚きますよ。そして慌てます。自信あります。」 「そりゃ楽しみだ。」 「聞きたいですか?」 「もう慣れてるって言ってんだろう。聞きたくない。」 「聞いてくださいよ。」 「おまえが話したいんじゃないか。」 「いや,これを聞いて慌てる先生の姿を見たいんですよ。」 「じゃぁ,勿体つけてないでとっとと話せよ。今すぐなら聞いてやる。俺様は忙しいんだ。」 「驚いてくださいよ。なんとオガハウスが MEN‘s EX に載ってしまったんですよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 「加えて,先生が狙っていたマンテラッシ ( Sutor Mantellassi ) の ノルベ ( Norwegian Welted ) あったじゃないですか。Derbyで,すくいモカで wing-tip風にしている奴。これが写真入りで載ってたんですよ!色は黒でしたけどね。こりゃ,大変なことになっちゃいましたよ。驚いたでしょう?さすがにちょっと慌てちゃいましたか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・,おまえの言ってるのってこれ?」 「あ----っ,そっ,そっ,それ!」 「これがどうかしたか?」 「どうかしたかって,先生。買っちゃったんですか!‘俺が買いに行くときに声をかけるから,それまでは自分の物欲を抑えておけよ’って言ってたじゃないですか。」 「そんなこと言ったかな?覚えがないぞ。」 「言いましたよ。ちゃんと mixi に書いてありますから。」 「なんで mixi に書いてあると俺が言ったことになるんだよ。あれはおまえが勝手に脚色して書いてることなんだろう?本当に言ったかどうかわかんねェじゃないか。俺は言ってない!」 「いいえ,はっきりとおっしゃいました。」 「うるせぇ奴だな。だいたい俺も買おうと思って出かけたんじゃないんだからしょうがねェだろう。」 「またそんな言い訳がましいことを言ちゃって!」 「言い訳がましくなんてねェよ。何で俺様が下僕に言い訳しなきゃならないんだ。俺は,俺が買うまで物欲を抑えておけって言ったんだ。だいたいチョイと用事で静岡に出かけたんでフラッと寄っただけなんだから。そしたら店のご主人が,この前雑誌の取材が来たって話をし始めたのさ。」 「先生,いったいオガハウスで何を話しているんですか?」 「色々だなぁ。服や靴の話もするけど,全然関係ない話も多いな。1 回行くと 2 時間くらいはゴチャゴチャ無駄話をして,それからようやく今日来た目的を思い出して,またあ〜でもない,こ〜でもないって話をしてようやく決まるからな。」 「いったい何時間くらい店にいるんですか?」 「3 時間以内で買い物が済んだのは ・・・ この前だけだな。」 「3 時間ですか? 試着とかも何回するんですか?」 「試着? そんなもんほとんどしない。最後にチョコっとデザインと自分のマッチングを確認したり,裾上げとか,袖の長さを見るだけだよ。」 「後は延々と話してるだけですか?」 「そうだよ。服を買いに行く時ってのはそんなもんだろう。」 「わたしは 2 時間も店員さんと話をしたことはないですね。」 「そりゃ,その店員にやる気がねェんだろう。ビスポーク ( bespoke ) じゃ当たり前のことだぞ。」 「でも,ビスポークじゃないでしょう。」 「ビスポークじゃなくたって,どんな感じの物を求めているかって事を知るためには話しをするしかないだろうが。店にしたって,その人の洋服箪笥の中がどんな感じなのか推し量る必要があるわけだし。おまえ,洋服箪笥の中がなんかおんなじっだ!って思ったことないか?」 「そういわれると ・・・ そうなんですよねェ。おんなじ様なものばかりが並んでしまうんですよ。」 「同じが悪いって言ってるわけじゃないんだがな。目的があって同じにしているならそれでいい。でも気がついたらなんかおんなじってんじゃつまらないって言ってんだ。自分の趣味は驚くほど狭いことが多いからな。ちょっとした他人からのヒントで,選択の幅はずいぶん変わってくるのさ。自分の基本的な趣味をより一相生かすことが出来たりするわけだ。」 「なるほど,ベースは同じでも,味付けを変えるヒントがもらえるってわけですね。」 「そう言うこと。じゃぁどんなものがベースで,どんな味付けを普段しているのか知らなきゃ店の人だって具合のいい提案が出来ないだろう。前にも話しただろう。‘個性’ってのは生き方そのものだってな。だからその生き方がわかるように色々話をするんだよ。」 「服や靴の話だけしても駄目なんですね。」 「そう,おまえが持ってる服や靴 ・・・ アットリーニ以外は大したもんはないだろうが,種類や色なんかを話しても,個性として浮かんでこないんだよ。そんなんより,安倍晋三のことを好きだとか嫌いだとか話した方がよっぽどよく伝わってくる。」 「そっ,そうですか?」 「そうに決まってんだろう。ライス ( Condoleezza Rice ) 国務長官と会談したときのネクタイの色が気に入らないって話になれば,ずいぶん色んなことを推し量ることが出来ると思うぞ。なんで安倍はブッシュ ( George Walker Bush ) みたいなワンパターン power tie をしたんだろうか?,ホントにネイビーにエンジしかパワータイとなりえないのかとか,あのパワー・タイに必然性があったのかとか,少しは自分の肌の色を考えろとか,スーツのスタイルがよくないとか言いだせば,2 時間はアッと言う間に過ぎちまう。」 「先生,オガハウスでそんなこと話しているんですか?」 「例えばの話だろう。そんな政治絡みの話をするほど親しくねェよ。政治と宗教の話はよほど心を許した相手とじゃなきゃしないほうがいい。ブッシュの装いの話のつもりがとんでもないことに落ち着くことがあるからな。」 「じゃ,具体的に何を話すんですか? 私にも教えてくださいよ。」 「このマニュアル野郎! 自分で話す話題くらい自分で探せよ。何でもいいんだ。例えば ・・・・ 最近やたらと ベートーベン ( Ludwig van Beethoven ) の 7 番ばかりを耳にするんでどうしたのかと思ったらとか ・・・」 「先生,それなら私わかります。」 「おまえ,クラッシク聞くの?」 「いえ,クラシックは大して知りませんが,ベートーベンの第 7 番なら知ってます。」 「確かに盛り上がる曲だけどな ・・・ 何で? クライバー ( Carlos Kleiber ) が指揮した ウイーン・フィル ( Wiener Philhamoniker ) の演奏がいい,とか言うんじゃないだろうな。」 「クライバー?なんです,それ。」 「なんでもねぇ。」 「テレビ番組の‘のだめカンタービレ’から火がついたんでしょっ!」 「そうそう,そうなんだよ。テレビドラマからクラッシクが流行ったってんだから面白いよな。」 「先生もテレビ見るんですね。」 「原則見ない。馬鹿がうつるからな。特にバラエティーとか言うのは大っ嫌い。あんなくらだん物見てたら脳みそが腐る。」 「じゃぁ,何を見るんですか?」 「プロジェクトX。あれはホント,泣けるのが多かったなぁ。」 「もう,終わっちゃいましたよ。」 「ドキュメンタリーやニュース,映画かな。ヘラクレス大カブトムシのドキュメンタリーも面白かったな。」 「カブトムシですか?」 「カブトムシだよ。おまえ嫌い? 子供の頃たくさん採りに行ったぞ。さすがに外国のカブトムシは飼おうとは全く思わないが,番組自体は面白かった。羽の色が変わってな。ほかにも色々なカブトムシが出てきたな。」 「カブトムシの話はまたにしましょう,この手の話し好きそうだから,またまた相当長くなりそうだから。ドラマは見ないんですか。」 「ドラマはまず見ない。同じような台本ばかりだし,御都合主義だし,登場人物を見た時点で結末が見えちまうものが多すぎる。でも‘のだめ’はまぁまぁかな。俺の好きなのは ・・・」 「水戸黄門!」 「あほッ!桜のやつ ・・・ なんて言ったかな ・・・ 去年の年末に一挙に放送してただろう。俺は風邪をひいていたから,ひたすらそれを見ていたんだが ・・・ そう!‘ドラゴン桜’だ。」 「先生が気に入った理由はなんとなく分かりますよ。 ‘ドラゴン桜’に出てくる先生も,先生とおんなじ様な事言ってましたもんね。」 「俺様の言うことは正論なんだよ。耳に気持ちのいいものじゃなくてもな。」 「違う!危うく忘れ去るところでした。何で先生だけ靴を買ってきちゃったんですか。」 「おまえ,無理やり話に戻るね。‘ドラゴン桜’の話でいいじゃないか。」 「そんなわけには行きませんよ。私も靴を買うのを楽しみにしていたのに。」 「もう好きなときに行っていいんだから,同じだろう。今日でも行ってこいよ。仕事が終わったらな。」 「もう一つのOxford ( 内羽式 ) の方はどうしたんですか?」 「なんで俺の持ち物ばかり気にするんだよ。たとえ持ってたっておまえにゃ関係ないだろう。自分の靴のことだけ考えてりゃいいじゃねェか。」 「買っちゃったんですか?」 「大きなお世話。」 「買っちゃったんですね。」 「おまえにゃ関係ない。」 「買ったんだぁ ・・・ まぁ,仕方ない。 「何で俺が仕方ないなんて言われなきゃならないんだ。」 「しかしこのマンテラッシはノルベとは思えないスマート感がありますね。」 「流れを無理やり変えやがって。ノルベはその造りがとにかく頑丈だから,登山用の靴とか言われたり,防寒にもいいから雪道用って言われて,アウトドアー仕様の無骨な靴ってイメージが強いけどな。コバの出っ張りを少なくすればスーツにも充分対応できるだけスマートになるのさ。このマンテラッシの職人は上手いな。縫い目がえらく揃っていて惚れ惚れするよ。」 「‘それにすべて手縫いで人の手で作られたもの’ってところに先生は惚れてるんでしょう?」 「そう,その通り。こんながっちりした作りだから,すぐに足に馴染むとは思えないが,時間とともにドンドン俺だけの足に馴染んでいく。時間が経つほどに手放せなくなるってわけだ。つまり‘飼い慣らす’って感じだよ。その辺の使い捨て文化のものとは別の世界の代物だ。自分のために自分で育てるってとこがいいじゃないか。そして決して裏切られることがない。結果は約束されているわけだ。」 「でもすごく硬そうですね。ちょっと力を入れても全く反らないでしょう?」 「マッケイ ( Macky ) なんかと比べりゃ相当なもんだし,ハンドソーンと比べてもかなり硬いな。でも硬い靴の方が腰や背中への負担がはるかに軽くなるんだぞ。体にいいのはノルベとハンドソーンだ。」 「へぇ〜,硬い靴の方が体にいいんですか。」 「そう,硬い靴は体にいいの。アッパーの革もなかなかのもんだし,手入れさえしっかりすればずーっと履ける。それこそ 20 年くらいは軽いだろう。」 「確かにアッパーも凝ってますよね。すくいモカでしょう?」 「モカ縫いって言ってはいるがな,このすくいモカはモカ縫いとは全くコンセプトが違うんだ。むしろスキンステッチの一種になるんだろうな。オールデン ( Alden ) の U-tip なんかもすくいモカをしてるな。」 「しかし,ノルベで作った靴でしょう?ソールの取替えは大変でしょうね?」 「そうなんだよ。最初にノルベを買うのを渋った理由の一つも,ソールの張替えのことだ。履きこめば当然ソールが減っちまう。減っちまったら張替えだ。ところがノルベを得意にする職人なんてそうそういるもんじゃないだろう。減ったら終わりじゃ,長く使えない。それでどうしようか悩んでいたら,オガハウスの御主人が‘ちゃんと直してくれるところを確保しているから安心していい’って言うもんでノルベに手を出したんだ。」 「そうですか,それなら安心ですよね。」 「アッパーの革の手入れは普通でいいんですか?」 「まぁ,アッパーは普通のカーフだから特別な気遣いは必要ないだろう。普段は履いたらブラッシング。少しは履き込んだら,汚れを落としてデリケートクリーム。そのあと俺はビー・ワックス ( Bee wax ) を使う。」 「ビー・ワックスですか?」 「おれは個人的にはビー・ワックスが一番好きだな。ほんのりとした艶が出て。テカテカに光るタイプの鉱物性ワックスは臭いも嫌いだし,光り方が好きになれない。そこはかとなく光るのがいいんだ。革は自然なものだし,できるだけ鉱物の含有量が少ないものを使うのが俺の主義だ。おまえ,ちゃんと靴を履いた後ブラッシングしてるか?」 「だいたいしてますよ。」 「だいたいじゃ駄目だ!履いた後のブラッシングくらいわずかな手間だろう。必ずやれ!」 「分かりましたよ。ブラッシングはきっちりします。」 「当たり前だろう。俺は ・・・ 」 「ハイ,ハイ。先生は家にも職場にもブラシをおいてありますもんね。わかりました。でも毎回磨く必要はないんですよね?」 「そんなに靴にワックスをつけたら,革が窒息しちまうだろう。まぁ靴磨きには色々な意見があるから,一概にどれが一番とは言えないがな。ただ疲れた皮を蘇らせるのに水洗いがいいって主張する人達がいることは確かなんだ。革に染み込んだ汗,汗に含まれる蛋白や塩,ワックスなんかをきれいに取り去るには水洗いがいいって言う。革を知り尽くしたゲルマンの靴屋が言うんだから説得力があると思う。するとやっぱり靴の革も人の皮膚と一緒でゴテゴテは嫌いなんだよ。必要最小限の栄養と保護がいいんだ。それに実際の手間を考えると,毎回磨くなんて現実的じゃない。履いた後の手間を考えたら靴が履けなくなっちまうじゃぁ本末転倒だ。どんなに素晴らしい靴でも飾っておくだけじゃその素晴らしさの真実を知ることは出来ないんだ。」 「でもおろしたての靴が傷つくとえらくショックじゃぁありませんか?」 「激しく消耗するな。しかし靴ってのはそう言うもんだ。人と地面のでこぼこの間に存在するものだからな。その傷をいたわってやる事が大切なんであって,傷つけないことが大切ではないんだ。おれの足の裏の変わりに傷ついているんだ。感謝をして手をかけいたわってやればいいんだよ。靴はそれに答えて,おれの足にぴったり吸い付くようになるし,傷も一体になって風格となる。下ろしたての靴はきれいだが,風格がないだろう?」 「そうですね。でも靴に限らず,手の込んだものを手に入れると,その後のメインテナンスにはすごく気を使いますよね。」 「そう,それは言えてる。たしかに靴だけにとどまらない。重衣料,ニット,時計,鞄,車もそうか。何でも異常にメインテナンスに時間と金を食う。しかしそのメインテナンスをしても使い続けたいものだけを身の回りにおけることは幸せなことだよ。それに金はかかっても次から次に新しいものを買うよりは結局安くつくんじゃないか? ‘愛情をこめた’って言う歴史もついてくるわけだしな。」 「なんか実感がこもってますね。」 「この前ジラール・ペルゴ ( Girard-Perregaux ) のクロノグラフをオーバーホールに出したら 14 万もかかっちまった。」 「14 万ですか!」 「14 万だよ。別にどこかが特別壊れていたわけじゃぁないんだぞ。ただちょっとメインテナンスの間隔が延びちまっただけなんだが ・・・ 14 万と聞いたときには腰が抜けそうになったよ。ノルベを履いてたおかげ腰を痛めずに済んで,ホントによかった。それに夏用のキートン ( Kiton ) のジャケットをクリーニングに出したら,2 着で 1 万だ。もう,何にも他には一切手が出なくなっちまった。かなり寂しい一月だったよ。もちろんにし堀にも行けなかった。」 「そんなにかかるなんて ・・・ アットリーニも金食い虫だろうな。」 「当たり前だろ。普通のクリーニング屋になんか絶対出すなよ。クチャクチャになって返ってくるぞ。クリーニング屋のくせに素材の特性やその扱い方を知らない。そこにきてアイロンのかけ方なんて全然分かっちゃいない処ばかりだからな。機械でプレスするなんざぁ論外だし,手アイロンって言ったってスーツの仕組みも知らないようなおばさんにアイロンをかけられたら,それこそ大変なことになるぞ。キートンやアットリーニを着たこともない奴が上手にアイロンなんてかけられるはずないんだよ。クリーニング屋は仕立て屋と同じレベルで仕立ての知識が必要だし,加えて特殊なメインテナンスの知識と技術が必要だ。靴だって時計だって,修理屋の方が作る者以上に知識と技術が必要なのは同じだ。メインテナンス技術を持つ人間はどの領域でも宝なんだ。もっともっと評価されるべきなのに ・・・。それが分かってない奴が多すぎるんだよな。おまえのアットリーニはカシミア・ビキューナだから,へたすりゃ 1 着で 1 万円位するかもしれないな。」 「毎年クリーニングに 1 万円ですか ・・・」 「何言ってんだよ。毎年クリーニングになんて出してどうすんだ。普段は着た後にとにかくブラッシング。必ずブラッシングだぞ。いいブラシを買えよ。靴と一緒だ。その後充分に風に当てておくだけでいい。着る環境や頻度にもよるが ・・・ おまえならアットリーニをそうしょっちゅう着るわけでもないだろうから 3 年位したらクリーニング。そのときは俺がいいところを教えてやるよ。今度のクリーニング屋はとてもいい。生地の風合いがすごくよく戻っているし,アイロンも上手い。相当研究してるな。返ってきたスーツの出来上がりがとても軽いんだ。前の京都のクリーニング屋はダメだったけどな。」 「京都までクリーニングに出したんですか?」 「今は千葉だよ。別に俺が運ぶわけじゃない。宅急便で送るだけだ。どうって事はないさ。」 「メインテナンスのことなんかはオガハウスで話すんですか?」 「よく話すよ。買う時の一番の心配事じゃないか。あそこにはカシミア用のイタリア製洗剤まで売ってるんだ。ニット作りをしているファクトリーが使ってるやつを,かわいい小瓶に入れて売ってるんだ。静岡市内のクリーニング屋についても詳しいし,クリーニング屋のオヤジにも講釈しているらしい。やっぱり店の方でもそれくらいやってくれないと,買ったはいいが,その後のことは知らないじゃこっちが困っちまう。さすがオガハウスだ。」 「そういえば,MEN’s EX のこと話してたんですか?」 「おぅ,なんか雑誌が取材に来たって言ってたぞ。うちは載せなくていいって言ったらしい。俺が行ったときもそう言ってたけどな。」 「変わってますね。」 「変わってるわけじゃないが ・・・ でも,俺も言ったんだ。たまには雑誌に載った方がいいってね。」 「そりゃまたどうしてですか。」 「まぁ,雑誌に載れば店としてはうれしくない客も増えるだろうが,俺にしたって雑誌でたまたまオガハウスを見つけてお邪魔するようになったわけだ。」 「先生も雑誌で知ったんですか?」 「そう,今から 7 〜 8 年くらい前にオガハウスが雑誌に乗ってたんだよ。それをみて初めて出かけたのさ。オガハウスはそれ以来雑誌に一切出ていないんだ。なんかそのとき具合の悪いことがあったらしい。でも服や靴を大事にする人だってたくさんいるわけだから,たまには雑誌に出てそういった人間が楽しめるようにしてくれって言っておいだぞ。」 「その時に靴の写真が載ることも聞いたんですか?」 「御主人が協力しなかったんで,取材する方が適当に目に付いてものの写真を撮ったって言ってたが,その中にこのタイプの黒があったって事は聞いたよ。‘ノルベだ!’とか言って盛り上がってたらしい。ただそれで買ったわけでもないんだがな。」 「静岡では他にも‘雪月花’や‘セヴィルロウ倶樂部’なんかが紹介されてましたね。先生知ってますか?」 「おう,両店とも知ってるよ。オガハウスとはまた違った趣味の店だな。‘雪月花’は姉妹店に‘匠 ( たくみ )’って店があって,両店とも時々顔を出す。ものすごく凝った品揃えだな。ただテイストが俺が目指しているものとちょっと違うことと,売ろう・売ろうとする感じがちょっと鼻につくな。‘セヴィルロウ倶樂部’はまたぜんぜん違うテイストの衣類を扱っている。ここのアランセーターをみたら即買いしちまった。古きよきイギリスの味があるもので,コストバランスが良いものを売るって感じかな。超一流品は少ないが,一流品ばかりだ ( ホームページがあります http://www.savilerowclub.com/ )。御主人もちょっとオガハウスと共通するところがある。いい店だと思うよ。こちらも若干俺の目指すテイストと違うんで,そうちょくちょく出かけるわけじゃないけどな。」 「先生,結構知らないようで知ってるじゃないですか。」 「いや静岡は田舎街のくせに,この三店が存在することは異常だと思うぞ。東京・横浜・名古屋・大阪なんかの店にも立ち寄ったことはあるが,既製の衣類や靴に限れば,東京・横浜に出かけなければならない理由が全く見つからない。むしろこの三店の方が凝ったものが置いている。最近は学会なんかで出かけてもぜんぜん立ち寄りたいと思わないもんなぁ。必ずよるのは神戸の元町バザーくらいかな。静岡県民は幸せだと思うよ。」 「でも雑誌に載ると売り上げにだって影響出るんでしょうねェ。」 「オガハウスでもMEN’s EX に載ってから客が増えたって言ってたぞ。中には女性が一人でプレゼント用のネクタイを見に来たり,電話でスーツの注文がきたりしたって言ってた。」 「そうでしょうねェ。あの品揃えなら当然ですもんね。」 「でも売らなかったらしい。」 「売らなかったんですか?」 「女性客にはプレゼントしたい人がどんなタイプのスーツを着てるかとか,どんな着こなしが好みかとかうるさく聞いたらしいんだ。たしかにネクタイはよくプレゼントに利用されてるみたいだが,本当はものすごく難しいものなんだ。俺も何度かネクタイのプレゼントを頂いたことがあるが,正直なところプレゼントのネクタイは一回も着けたたことがない。」 「知ってはいましたが,失礼な人ですねェ,先生って。」 「馬鹿やろう。失礼なのは使うことが出来ないネクタイをプレゼントする方だろう ・・・ と言っても仕方ないが,ネクタイを軽んじているからそう言った事になるんだ。装いは生き方だからな。」 「しかし一回くらい ・・・」 「それがおまえ,俺は違う。女性にしつこく聞いたんで,‘それならいいです’って言って帰っちゃったってさ。電話の注文の方には‘うちは直接来店して着てもらってからじゃなきゃ売れない’って言って断っちゃったらしい。」 「ごもっとも!と言えばごもっともですけどねェ。誰かと似てますね。」 「商売は長い目で見なけりゃいけないんだ。王道を行く事が良い商売につながる。信用こそが第一だからな。目の前の利益に飛びついたらいけないんだ。」 「お客さんいるんですかね。」 「当たり前だろう。まっとうな商売をしてるんだから,それを知ったら当然通ってくる人間も増える。実際東京の某ショップのスタッフは,ボーナスが出る度にワゴンに 7 人で乗り込んでオガハウスにやって来て,買い漁っていくらしいぞ。同じ商売をしている人間が通うようなショップこそ信頼度が高いって事さ。」 「そうなんですか。私はボーナスが出ても買い漁ることは出来ませんけど ・・・」 「俺のせいじゃない。」 |
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